ハゲのトリセツ

毎日たのしーなー。

200年も毒があると信じられてたあの野菜(187日目)

 

青森県弘前市で「ハロウィン金魚ねぷた」の製作が最盛期を迎えているそうです。普段の金魚ねぷたと異なり、ハロウィン色に変身していて、かわいいです。

 

青森に3年住んでいたことがありまして、「ねぶた」や「ねぷた」に愛着があります。勇壮な青森ねぶたや五所川原市立佞武多(たちねぷた)も好きなんですが、弘前ねぷたの艶やかさ、たおやかさも、またいいもんで。

 

その弘前ねぷたのうち、金魚ねぷたはもともとかわいらしさがいいと思っていました。

 

ねぷた(ねぶた)と言うと、大きくて中国活劇的な物を想像しがちですが、金魚ねぷたはだいたい、人の頭くらいの大きさで、まさに張り子の金魚です。

 

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こんな感じが金魚ねぷた。紙と竹ひごで作った金魚の張りぼてですな

その金魚ねぷたをハロウィン仕様にしたのが、ハロウィン金魚ねぷたです。カボチャ色のオレンジに塗られ、尾の部分にカボチャの顔が描かれています。ハロウィンと弘前のリンゴの収穫期が重なることにちなんで作られたとか。

 

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ハロウィン金魚ねぷたはカボチャ色に染まります

ねぷた(ねぶた)は夏の行事ですが、秋にも見られるという意味で、いい取り組みですよね。伝統文化にさえ西洋行事を取り込んでしまう日本人のおおらかさも感じられて微笑ましいし。

 

ここ数年、渋谷駅近辺でのハロウィン騒ぎで、ハロウィンという輸入文化に辟易としていたんですが、金魚ねぷたでほっこりできました。

 

さて、いつの間にか国内に定着してしまったそのハロウィンは、今では新聞の一面コラムをも浸食しています。2019年10月4日付毎日新聞「余禄」よりーーー

 

道楽が過ぎて感動された若旦那、伯父に救われて始めたカボチャの行商といえば落語の人情噺「唐茄子屋政談」である。上方で「南京屋政談」というのは、そちらではカボチャを南京と呼んでいたからである▲カンボジアに由来するというカボチャはもちろん、唐茄子や南京の名からも渡来作物なのは広く知られていたようだ。渡来したのは16世紀というが、江戸時代も半ばまでは毒があるなどといわれ、あまり一般に流通しなかったらしい

 

さすがに新聞だけあって、単なるお祭りも格調高く書き出すのだなあと思いつつ、毒のくだりは知りませんでした。

 

16世紀っていうと、1500年代だから後半は織田信長とか豊臣秀吉とかが国内を統一していく過程のころですよね。鉄砲とかキリスト教なんかと同じころ、カボチャも日本に入ってきたっていうことでしょうか。

 

でも江戸時代半ばまで毒があると信じられていた、と。半ばって曖昧ですが、だいたい1750年ごろってこと? 

 

余禄はまだ続きます。

 

江戸では文化年間に3貫(11キロ)のカボチャが将軍に献上されたり、歌舞伎の当たり演目のセリフに織り込まれたりした。もしや背後に知恵者の唐茄子屋のカボチャPR作戦でもあったのか。おかげで若旦那も行商で身を立て直せた

 

今に通じる話ですね。全く見向きもされなかったけど、CMをバンバン打ったら商売が軌道に乗るほどに向上した、と。江戸時代も宣伝が命だったんだなあ。

 

しかも11キロのカボチャの将軍献上とかね。すごいですね。肥料は人糞が良いところだった時代に、その大きさ。今もお化けカボチャの大会が開催されていますが、化学肥料やら農業技術の進歩があって30キロくらい。11キロでも相当、ビビられたでしょうねえ。

 

かように、カボチャ一つとっても、壮大な歴史があるわけで。渋谷駅あたりで乱痴気騒ぎを繰り返す輩に教えてあげなきゃね。

 

北朝鮮金正恩委員長に似せた若者が酔いつぶれてる始末だもんなあ(「月曜から夜更かし」より)。

 

hagenotorisetsu.hatenablog.com

  

いろいろ書き連ねてきましたが、一番心に残ったのはカボチャの扱われ方でした。だって.......

 

伝来したはいいけれど、200年も毒があるって誤解されてたわけでしょ?

 

「人は見た目が8割」って本があったけど、野菜も同じだね…。

 

さて、AGA(薄毛)治療生活は187日目です。
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残り2割にも自信がないんで、髪の毛保って見た目を少しでも高めないとなあ(ノД`)・゜・。