ハゲのトリセツ

毎日たのしーなー。

1945年8月15日の宝くじ(96日目)

宝くじを買い続けている方、いらっしゃるでしょうね。私も東京住みだった頃は西銀座チャンスセンターに行って、よく並んでいました。

 

サマージャンボの時なんか暑くてね~。90分待ちなんていう看板を見てげんなりしたもんです。

 

f:id:zzz2200:20190723083021j:plain

なかなか当たらなくてね......

 

作家の半藤一利さんが先日の朝日新聞日曜版に宝くじのエッセーを書いていらっしゃいました。現在のではなく、太平洋戦争中の宝くじについて。

 

当時は宝くじとは呼ばず、「勝札(かちふだ)」と言っていたとか。軍国政府の指示を受けた旧日本勧業銀行が1945年7月16日に発売したそうです。

 

1等は当時のお金で10万円1本。以下、2等は1万円で9本、3等は1000円で90本、4等の50円は900本。5等の10円は1万9000本でした。

 

hagenotorisetsu.hatenablog.com

 

つまり、当選本数は計2万本。売り出したのは2000万枚ですから、かなりの高確率で当たりが出るというものでした。

 

ただね、と。

 

この勝札、発売締め切りがなんと8月15日(゚д゚)!

 

1945年の、ですよ。今で言う終戦記念日でして、なんともまあ、皮肉なことよ、というものになりました。

 

「堪え難きを、堪え」と玉音放送を聞いた日に「勝ち」札も何もないもんで。軍部の肝いりによる発行だったなんて、ギャグを通り越して神の力さえ感じます。

 

どさくさに紛れて抽選はうやむやになったのか、購入者は泣き寝入りか。半藤さんが気になって調べたら、ちゃんと実施されていました。

 

8月25日に、内幸町の本店ではなく、長野支店で。

 

この辺も終戦直後の混乱が感じられて非常に興味深いですね~。

 

んで、1等の件。現在の貨幣価値にして2100万円になるそうでして、当選者は嘆き悲しんだ日からわずか10日で億万長者になるという、ジェットコースター気分を味わったのでした。

 

しかし、当選者の中には行方不明の方もいたそうです....。空襲で亡くなったのか、敗戦を受け入れられなくて自決なさったのか.....。

 

でも2100万円ですか~。戦争で何にもなくなっちゃった時に、そんな大金を手にしたら、何を買うんでしょうね。

 

当時はもちろん、AGA治療などなかった時代。薄毛族なら育毛剤とかカツラだったのかなあ。おまじないに近い怪しげな物でも、かなり高価だったそうですから。

 

hagenotorisetsu.hatenablog.com

 

AGA治療生活は96日目です。そろそろ100日が視野に入ってきました。


f:id:zzz2200:20190723083908j:image

 

我ながら調子いいなあ。今日はこれから4回目の通院があります!